忽那諸島のねこ

2026年8月 7日 (金)

お椀を背に

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ねこの後ろに見えるのは、「丸子鼻」という半島状に突き出た山です。
瀬戸内海では、このような伏せたお椀のような形をした島や山を、あちらこちらで目にします。

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2026年7月23日 (木)

海を間近に

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愛媛県を訪れたら、ぜひ立ち寄ってみたいと思っていたJR予讃線の下灘駅へ向かいました。

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この駅は、ホームの目の前に瀬戸内海が広がる絶景で知られています。
JR『青春18きっぷ』のポスターに起用されるなど、
数々のメディアで紹介され、多くの人が訪れる人気スポットとなっています。

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ホームの西側が開けているため、天気の良い日には美しい夕景を眺めることができます。

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この日も平日にもかかわらず多くの観光客が訪れ、順番に記念撮影をしていました。

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時間とともに空や海の表情が移り変わり、人気があるのも納得の景色でした。

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2026年7月22日 (水)

神和の島々

中島で懐かしい友人との再会を果たした翌日は、忽那諸島(くつなしょとう)の3つの島を巡りました。

最初に訪れたのは津和地島(つわじしま)です。

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海岸沿いの道から一本山側に入った路地を歩いていると、首輪をつけた白黒ねこに出会いました。

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津和地島は玉ねぎの栽培が盛んで、甘味が強いのが特徴とのこと。
港近くに設置された島の案内看板をよく見ると、柑橘のイラストと並んで、
島のあちこちに玉ねぎのイラストが描かれていました。

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ねこのいた路地をさらに歩いていると、立ち話をされていた3人のご婦人に声をかけられ、少しお話を伺いました。
昔は山の上までみかん畑だったそうですが、高齢化によって農家の数が減り、
栽培面積も次第に縮小して、今では集落に近い山のふもとに残るだけになったそうです。
なお、津和地島は愛媛県に属していますが、広島県に近いため、
話し言葉も広島弁に近いと教えていただきました。

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次に訪れたのは怒和島(ぬわじま)です。
この島も玉ねぎ栽培が盛んです。

ねこを探して路地を歩いていると、郵便局から出てきた男性から声をかけられました。
私が持っていたカメラとレンズが気になったそうで、
その方は昭和39年に購入したニコンのカメラを今でも使われているとのこと。
2024年に松山市の坊ちゃんスタジアムで、プロ野球・村上宗隆選手が史上最年少で
通算200号ホームランを打った際に、そのカメラで撮影されたそうです。
ご自宅に写真を飾っていると楽しそうに話してくださいました。
60年以上前のカメラを今も大切に使い続けているという、素敵なお話でした。

「猫ならあっちの防波堤のところにおるよ」
そう男性に教えていただき、防波堤へ向かうことに。
別れ際、「日頃の行いが良かったら猫に会えるんじゃないかな」
と笑いながら送り出してくださいましたが…

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どうやら、日頃の行いはそこまで悪くはなかったようです(笑)

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この日最後に訪れた二神島(ふたがみじま)ではねこに会えませんでしたが、
道端のカゴに立派な玉ねぎがたくさん入っていました。

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ところで、この日乗ったフェリーの案内板に書かれている「神和」という地名が気になりました。
この付近の島や集落には思い当たる地名がありません。
気になって後で調べてみると、1959年(昭和34年)まで存在していた村の名前で、
この日訪れた津和地島、怒和島、二神島の3島が神和(じんわ)村に属していたことがわかりました。

そういえば、怒和島でお話しした男性が利用した郵便局も「神和郵便局」でした。
村としての名前は消えて久しいものの、「神和」という名前が今も生き続けていることに、
どこか頼もしさを感じました。

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2026年7月21日 (火)

花かげのまなざし

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2026年7月20日 (月)

雨の島で友との再会

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興居島(ごごしま)と睦月島(むづきじま)を訪れた翌日は、朝から本降りの雨となりました。

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風はなく、瀬戸内の海は静かな表情を見せていました。
船が通ったあとに残る波も、周囲の静けさに溶け込むように、すぐ消えていきました。

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この日最初に訪れたのは、野忽那島(のぐつなじま)です。

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野忽那小学校は、明治10年(1877年)に開校した歴史ある小学校です。
この小学校では、全国の離島に先駆けて1987年から「シーサイド留学制度」を導入しました。
全国各地から小学生を募集し、里親のもとで島暮らしを体験する取り組みを21年間続け、
延べ120名の留学生を受け入れたそうです。
その後、過疎化によって島に児童がいなくなり、留学制度も終了。
2009年から休校となっています。
(参考:しまの魅力 野忽那島)

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集落の路地を歩くと、崩れかけた建物がいくつも見られました。
また、雨のせいもあってか、人と出会うこともほとんどありませんでした。

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野忽那島ではねこの姿を見ることはできませんでしたが、
鮮やかな赤色が印象的なアカテガニに出会いました。

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野忽那島に約3時間滞在した後、フェリーで20分ほどの中島(なかじま)へ移動しました。

実は中島には、中学・高校時代の同級生が暮らしており、十数年ぶりに再会しました。
彼は15年前に愛媛県松山市の中島へ移住し、現在はダンサーとして活動する傍ら、
柑橘の卸販売も手がけています。
島を案内してもらい、島暮らしの話を聞きながら、楽しい半日を過ごしました。

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中島にある商店の前では、雨宿りをする茶トラくんにも会えました。

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クロネコとのツーショットも(笑)

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その後、友人宅にお招きいただき、友人夫妻がプロデュースした
「中島麦柑酒(ナカジマ・バカンス)」をごちそうになりました。
中島産ネーブルを使ったクラフトビールで、
柑橘の爽やかな香りが広がる、とても美味しい一杯でした。

雨の一日となりましたが、友との再会をゆったりと楽しみ、
中島のねことも出会うことができました。

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2026年7月19日 (日)

学び舎に集う

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興居島(ごごしま)からいったん本土へ戻り、別の船に乗り換えて向かったのは睦月島(むづきじま)です。

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ここは、2009年から休校となっている小学校です。
校舎はすっかり草に覆われ、17年という時の流れを感じさせました。

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むかし子どもたちが集っていた場所は、ねこたちが集う場所となっていました。

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2026年7月18日 (土)

巡礼の島

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青島訪問の翌日は、愛媛県松山市にある興居島(ごごしま)へ。
興居島は忽那諸島(くつなしょとう)の一つです。

松山市の中心部から興居島までは、電車と船を乗り継いで約1時間。
船も1日14便運航されており、アクセスが良い島です。

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島には民宿や食堂、カフェ、マイクロブルワリーなどがあり、観光で訪れる方も多いようです。
港に着くとレンタサイクルが充実しているのが目に留まりました。
自転車で島をまわる方が多いようですが、私は徒歩でまわることにしました。

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この島には、四国霊場八十八カ所を模した「島四国八十八カ所」があります。
本場の四国八十八カ所は四国をぐるりと巡るように霊場が点在していますが、
「島四国八十八カ所」は一つの島の中に八十八カ所の霊場が設けられています。
すべてを巡ることで、本場の四国八十八カ所を巡拝したのと同じご利益があるといわれています。

今回は、マニ車をぐるぐる回し、最初の一番札所と最後の八十八番札所だけお参りしてきました。

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島では、今年の春に生まれた子猫にも会えました。

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